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新・木偏百樹

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木の名

にれ

別名
エルム アカダモ
ニレ科に属
するニレ属
の総称で、日本にはハルニレ、アキニレ、オヒョウなどがある。普通にはハルニレをさす場合が多い。この木の生育する土地は肥沃な土地で、そのためこ の木があると、間違いなく農耕敵地であるという。エルムとも呼ばれ、世界三代並木樹種のひとつで幹は直立し枝太く広げて美しく、堂々としているにれの都 、ニレの道筋、エルム通等の呼ばれる地方がかなり多くある。
ハルニレは北海道が多く、本州以南に通常見られるのは、アキニレである。ハルニレは四月ごろアキニレは十月ごろに開花するため、この名があるが、とも に花は葉が出る前に咲くので目立たない。
ニレ類は適当でない乾燥をすると狂いが出る。材は堅く工作が難しく、日本では積極的に利用されないが、それでも太鼓の胴、まな板、低質材は土木用、 シイタケのほた木、薪などになとに利用する。樹皮の繊細は縄や靴に、粉砕して瓦石の接合剤とする。曲げ木は非常によくできる。 耐朽性は強い木材でないが、塩水や水浸しになるような場所では寿命が長い。この丸太をくりぬいて作った水道・配水管は何世紀も使用されていたり、旧ワ ルテルローの橋に用いられた杭は百二十年後、橋をかけ直すときにも、まだ腐っていなかったという。しかし、この耐久性も少し条件が異なり、湿った空気に さらすと腐朽が早いとか、枝は何の兆候もなく突然折れるとか、その美しさや、木の性能に比べて期待はずれのところがある。
エルムにしろ、楡にしろ、明るくないイメージを感じる。回顧、確執、後悔、悲観、悲劇などのマイナスのイメージがある。これは 堀辰雄「楡の家」、北杜男「楡家の人々」、中原中也の詩「木陰」、舟木一夫の「高校三年生」に共通している。「楡家の人々」では楡家の三代にわたる没落 と悲劇を描いているが、楡という名に意味があり最後まで読んだがついに主人公の金沢甚作がなぜ、楡(楡基一郎)という姓に改名したか最後までわからなかった。海外ではアメリカの劇作家オニールの「楡の木陰の欲望」( Desire Under the Elms )や最近では「エルム街の悪夢」などもあり、どちらも明るい、楽しいとは縁が遠い。
しかし、最近ではニレの木は一般の人にもなじみが深くなっている。写真集や雑誌、カタログで草原の中で一本ののびのびと美しい樹形を見せる木があり、 多くの人が写真などで一度は見たことのある木だ。撮影場所は北海道の豊頃町町のハルニレである。
ハルニレを暖炉で燃やすと、火力は弱いが、他の木が燃え尽きても、消えることなく、ほそぼそと燃えながらえている、まきとしては長時間火を維持する木 だ。そのような性質のため山火事が発生し、雨で他の木が消えても、楡の木の火は消えず、地元では消火用の道具の中には鋸も用意されているという。、 北海道のアイヌの人々は火を熾す場合にこの木を利用していた。普通は錐と臼では異なる樹種を使うのだが、ここでは両方とも楡が使われていた。
ケネディ大統領がダラスで凶弾に倒れたのもエルム通り。米国でも1930年代に多くの町で街路樹にこの木を植えた。しかしほとんどが病気にかかってしま った。ひとつの樹木だけを植えてしまう警告をレイチェル・カーソンの「沈黙の春」では訴えている。この本の初版は1962年である。日本の行政、林業家で も、もしこの本に出あっていたら、日本の山、森も変わっていたかもしれない。しかしそれは無理であったったろう。その8年後の千里万国博覧会でも環境を 訴えていたのはスカンジナビア館だけであったぐらいだから。
学名
Ulmus procera
ニレ科
ニレ属
落葉高木
雌雄異株
 
英名
Elm

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