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新・木偏百樹

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木の名

なし

別名
古くから栽植される。日本の梨はアオナシおよびヤマナシから改良されたもの。本州、四国、九州、および朝鮮半島南部や中国中南部の暖帯から温帯に分 布する。枝は黒紫色でなめらか、小枝はときにトゲに変わることがある。
ナシの語源はいろいろあって明らかでない。新井白石は「な」は中心を意味し、「す」は酸っぱいの意味するから、「なす」と呼ばれたものが転訛したのではと 推測している。
実が甘いたる、「アマシ」からの転訛、風が入ると実らないことから「風梨」というのもある。 花は新葉とともに四月頃で三センチ内外の白い五弁花を開く。父は「遠くから見ると全く雪が降ったようで、あまり美しいので、実をとるために植えられたこと を忘れさせる。」といっていた。 梨には日本梨、西洋梨、中国梨の三種があり、日本梨は歯ざわり、西洋梨はねっとりした舌触り。日本の栽培は日本梨がほとんどで、西洋梨の栽培面積は 数%しかない。西洋梨も中国梨も収穫した時は硬く食用にならい、一週間以上、熟させてからしか食べられない。
海外では立木での栽培が普通であるが、古来より日本では独特の「棚仕立て」という栽培方法がある。台風などで、実が落下しないために考えられたもので あったが、木を棚におさえつけることにより、幹や枝へのエネルギーが、実に廻るようである。
明治に入り、27-28年(1895)に神奈川県川崎市の当麻長十郎の園で発見された梨は赤梨の代表品として普及。また明治31年(1898)、千葉県松戸市で発見されたものは、緑()梨の代表として広く普及している。この二種がつい最近までの日本梨の主流だった。関東では長十郎が、関西では二十世紀が広がった。その 後、農水省では、品種改良し、開発したたため、長十郎が減少し、三水、(新水、幸水、豊水)に人気は変わっていった。
小林一茶の父の「終焉日記」には、父のために、梨をもとめて朝暗いうちから、夕方まで一日中探しまわり、結局買い求められず涙をながしながら帰ってくる 話に、読んでいた、私もその姿に胸が熱くなる。
英国では「梨を植えるのは子孫のため」という諺や、「あなたの相続人のためにナシを植えなさい」などの言い回しがあるが、梨の成長が緩やかなためから 来ている。
ドイツ、オーストリアでは、野生の梨は、栽培したものよりも硬い。材が締まっていて虫に冒されにくく、価値が高かった。昔しは決まった時期だけ伐採していた 。冬の新月の時、北斜面で切ったものが最良とされ、この新月の直前に伐採する話は現代ではトーマスさんによって、再度実践され、ドイツではかなりのブ ームになっているようだ。日本にも紹介された「木と付き合う知恵」(地悠社)にも詳しく紹介され、朝日放送の「宇宙船地球号」(2005年2月5日)にも紹介された。
学名
Pyrus pyrifolia
バラ科
ナシ属
落葉高木
落葉小高木
雌雄異株
 
英名
Japanese Pear、 Sand Pear

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