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新・木偏百樹

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木の名

ざくろ

別名
石榴・柘榴・若榴、延年花。
セキリュウ、ジャクロ、
高さ6m~10m。イラン高原を中心にアフガニスタン、西パキスタンの乾燥地帯が原産地で、有史以前から栽培されていた。本州以南の暖地でよく育ち、庭 木として植えられる。
中国、朝鮮を経て日本へ入ってきたのは平安時代であろう。平安朝の末から鎌倉時代にかけては、ザクロを水菓子として、盛んに栽培され、果実として普及 しかなりの栽培があったらしい。江戸時代から明治、大正となると、庭木よりも盆栽として流行したが、昭和に入ってからは、すっかり衰えた。
現代の日本では庭木や盆栽用の観賞花木で、果樹としての改良がなされなかった典型的な果物である。紀元前のソロモン王の神殿にザクロ唐草模様が ある。砂漠地帯ではのどの渇きをいやす絶好の果物である。中国では西方渡来の植物を観賞用の園芸植物に改良し、多くの詩や絵画に描かれている。現 在では中国、アメリカ南東部やカリフォルニア、インドなどで大量に栽培されている
伝説、迷信の多い樹である。一番有名な話は鬼子母神(きしもじん)の伝説は年配の人なら知っている。 子授け、安産、育児の神の鬼子母神は鬼神王の妻であり、子供好きで1000人の子供を産んでいた。しかし、それでも飽き足らず人の子をとって食べていた が、子供を食べられた母親たちの嘆きの声を聞いた仏は、こらしめに彼女の最愛の末子を隠した。悔い改めさせる条件として、人の子を食べてはないこと、 その代わり、人肉の味がするザクロを食えと勧めた。そのため、鬼子母には、子供の代わりに、ザクロを食べるようになった。
この話から、ざくろは人肉の味といわれだした。
このほか、赤い実が猛火となって妻戸(つまど)に燃えうつったと太平記にあり、矢背天満宮の勧請緑起にものっている。火を忌むための理由で庭に植えず、植えても家から遠ざける地方が ある。屋敷に植えると、病人が絶えない、区事があるなどといっていやがる地方もあった。 またザクロの木が家より高くなると、家が栄えないともいう。反対に吉木とされ、これを植えれば家が繁盛し、子宝に恵まれるという。ザクロの木の下で子供 を遊ばせれば疳(かん)の虫を封ずるという。
聖書にもよく出てくる。実や花などで27箇所の記述がある。「あなたの唇は紅(くれない)の糸のようで、その口は愛らしい。ほおはベールの陰のでざくろの片われのようだ。」(雅歌4章3節)
室町時代から江戸時代にはザクロの実のある季節だけ、ザクロ果汁から金属
の鏡を磨く鏡とぎをしたようである。こんな話がある。江戸時代には銭湯の浴槽の入り口が狭い。中の室温を逃さないためだが、この入り口をザクロ口と 呼ばれていた。ザクロ鏡を磨く鏡を見るときに姿勢をかがめる、湯殿に入るときにかがむからだという。
根皮と樹皮は条虫駆除剤に、果皮は下痢、扁桃腺等の薬にまた黄色染料、鞣皮用に使われる。花は赤白、八重咲き等あり、庭園樹や盆栽用にされる。
高村光太郎の作品にざくろというのがあった。
学名
Punica granatum
ざくろ科
ザクロ属
落葉高木
落葉小高木
雌雄異株
 
英名
Common Pomegranate

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