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新・木偏百樹

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木の名

えんじゅ

別名
(ゑにす)、恵爾須(ゑにす)、延寿(エンジュ)黄藤・木藤(キフジ)、槐樹(カイジュ)、玉樹(ギョクジュ)
、エニス、えす、エンジ、シナエンジュ、エンズ、子安の木(コヤスノキ) 高さ25mにもなる。エンジュの実は中の豆の形どおりにくびれた形をしている、中国では槐子(かいし)と呼び、原音でエスと読む。これが日本に自生のイヌエンジュの古名エニスとなり、転訛してエンジュの名になったという。
日本では平安期から庭木として植えられてきた、明治以後は公園や街路樹に植えられる。都市ではイチョウやプラ タナスと並ぶ街路樹の定番になっている。
東京の並木に使われだしたのは明治10年ごろといわれ、40年には東京市が選定した並木樹種の中にも入っている。中国では唐の時代に長安の都に植え られ、日本でも藤原京、平安京に街路樹として植えられたという。
古くから格の高い木( 尊貴の樹)として珍重されてきた。
周の時代には朝廷に3本のエンジュを植えて、大臣にあたる大師、大傅(だいふ)、太保(たいほう)の三公ががこの木に対座し、その前面左右に九卿が列座して、執務にあたったという。三公(さんこう)の位を槐位(かいい)という。
そこで日本でも大臣を槐位と称した。
源実朝の「金槐和歌集」も、彼が右大臣であったのにちなむ。
初夏黄白色の蝶形の花をつける。
中国では出世の木として中庭に植える風習もある。
現在の日本では延樹(えんじゅ)とも書けるため、縁起の良い木、幸せを呼ぶ木と言われ、庭園木や記念樹として植えられる事が多い。
私は会社の将来の戦略のため、金物屋があるのなら木物屋があってもいいのではと、日本で最初にウッドクラフトショップを昭和57年に兵庫県・川西市に 開いた。当初北海道から、作家商品を数多く仕入れ、その中にエンジュのコースター、自然の木を生かした、シュガーポット、くり物加工したコピーカップ、茶 筒などがあった。この木は堅硬く、白太が黄白色で、心材部は濃い茶褐色で材との対比がはっきりしているため、三人の女性学生アルバイトでも、すぐにエ ンジュの木は識別できた。
漢方では若いつぼみを槐花(カイカ)といい止血薬に、果実を槐実(かいじつ) (または槐角(かいかく))と呼び止血薬や痔の薬にする。つぼみはまた黄色染料になり、樹皮や莱は粟色の染料に用いられている。
果皮は肉質で粘液を含むため、これを泡立てて洗剤に使った。互生する大型の葉は、9枚から15枚の奇数個の小葉をつけ、良い緑陰を作る。
豊中の家には槐の木があり野鳥がたくさんきて、実をついばんでいた。
栃木県・野木町、秋田県・西木村のシンボルの木となっている。
学名
Sophora Japonica
まめ科
クララ属<
落葉高木
落葉高木
雌雄異株
 
英名
Japanese Pagoda-Tree、 Chinese Scholar-Tree

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